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ホワイトの謎

別館GM作業室です。
本館の『佐伯祐三の「下落合風景」も悩ましい。』(http://chinchiko.blog.so-net.ne.jp/2008-05-14)を受けて、この『風景』という佐伯の作品の、1927年と現在の画面を、詳しく比較してみたいと思います。

10726475.jpg
雪景色でもないのに屋根が、妙に白く輝いています。
この作品の現在のカラー写真を、モノクロに変換すると、こうなります。
(次の『アトリエ』の写真にあわせて、トリミングしてあります。)
kara-dattahuukei001.jpg

一方、1927年8月号の『アトリエ』に掲載された、1930年協会第二回展に佐伯が出した「風景」の図版は、このようなものです。
1930nen2kaiten001.jpg
全体としてコントラストが弱い写真、ないしグレースケールの諧調にゆがみがある写真に見えます。それでも、私には、「物置のトタン屋根(?)」には、現在とほぼ同様の調子があるように見えます。(むしろ絵の具層が少なく見えるけれど、ホントは、あるのでしょう。誰も加筆していないと思います。笑)
母屋の屋根は、一階の庇に、やや明るさのムラがある感じはするけれど、明瞭なホワイトの露出は、確認出来ません。「物置のトタン屋根」から類推すると、もう少しコントラストがあるかもしれませんが、現在の写真と同一ではない可能性があるようです。
さらに、別の箇所について検討すると、
1930nen2kaiten/問題.jpg
左上の丸の中の、樹の小さな強いタッチが、現在の絵には見えませんね。冒頭のカラー写真では、茶色っぽい、ぼんやりした梢になっています。また右下の土の所の色合いも、明るくなっているように思えます。

…、とすると、昨日のコメントとは打って変わり、「洗浄」はあった、派に転向したいと思います。m( _ _ )m   この作品の履歴をみると、1930年協会展に1927年に出品された後、1968年の講談社の『全画集』に採録されるまで、世に出ていません。空白の40年の間に、なにかあったようです。

さて、屋根から何が消えてしまったかですが、私は、ごく彩度の低い、わずかにミドリがかったグレーの薄塗りを想定してみました。まるで汚れのように見える色です。その層を取り除き、茶色やブルーの色味が出てきて作業を止める。しっかりしたホワイトの下塗りの上に、バーントシェンナの暖かい色味を掃き、さらにグレーで軽く押さえたならば、重い日本瓦ではなく、薄くて固いスレート屋根が見えてくるかもしれません。この想像が、「悩ましさ」からの逃避行動でなければ、よいのですが。



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コメント 5

ChinchikoPapa

おっしゃるとおり、確かに物置の屋根はかなり「白い」ですね。それとも、現状はホワイトが強いですが、母屋の屋根のベージュないしは薄いグレーと同様に、薄いブルーでも刷かれていたものでしょうか? 当時の画像が、カラーでないのがもどかしくて残念です。
『アトリエ』のモノクロ画像にみる母屋の屋根は、ノッペリとは塗られていないようですが、同一の薄いカラーで塗られていた可能性を感じます。昔の印画紙と印刷ですので、どこまで信用していいのかはわかりませんが、今日の画面に残るホワイトの“輝き”ムラは見られないように思います。
もっとも興味深いのが、こずえと地面の濃い描写の部分ですね。特に樹木の、ちょこんとつけられたらしい濃いアクセントが、現状の画面ではまったく飛んでしまっています。右下の地面は、フィルムを印画紙へ焼き付けるときの加減、あるいは製版カメラの露出具合・・・なんてことも想定できますけれど、樹木のこずえ問題はそれでは説明がつきません。わたしも、やっぱり「洗ってる」と判断したほうがいいように思います。書かれています「空白の40年の間」に、古いニスの洗浄をどこかへ依頼してやっていそうですね。
『アトリエ』の古い画像が、画面全体ではなく部分であることも残念ですが(電柱の最上部が見えません)、新旧のモノクロ画像を比較しますと、電柱に装備された碍子の白さも、現在の画面では曇天なのにまるで陽光を反射したかのように、白く光って見える表現になっているのも気になります。

by ChinchikoPapa (2008-05-15 14:33) 

ChinchikoPapa

ひとつ、リプライをし忘れました。
屋根の意匠は、関東大震災後に人気が沸騰したトタンを葺いた屋根の可能性が高いように思います。確かに大正末には、スレートは輸入品ではなく国産品が増えてきていたように見えますが、まだまだ高価だったように思います。屋根にまずトタンを葺いて、その上に石綿スレートを重ねるという工法は、昭和に入ると普及してきますが、描かれた邸は大正後半に建てられていると思われますので、震災後に普及した、瓦を使わない一般的な「安全住宅」の推奨工法を踏まえて建てられているように感じますね。

by ChinchikoPapa (2008-05-15 15:24) 

ものたがひ

いろいろ、ありがとうございます。
「物置」についてですが、そこだけ洗浄しすぎないのも不自然ですし(笑)、もう少し色が乗っていたかもしれませんね。ただ、「洗浄」問題とは別に、佐伯自身が薄塗りをしただけでなく、少し拭いた可能性も、残ると思います。トタンのような質感を表す場合には、考えられることです。
ブラマンクの画風を経由してきた佐伯の画面の表面に、生なホワイトがあっても、全然不思議ではないのですが、その上に薄く色を乗せ、下地の明るさが透けて見える透明感のあるマチエールと、不透明な絵の具層のマチエールが、複雑に響きあう画面が多いです。画家によっては、色絵の具と白を混色して作った色でベタッと塗る所を、下地+薄塗り、にする美しい画面が印象的です。
一時のブラマンクの絵では、金属でないものまで金属光沢を帯びていますが、この頃の佐伯は「師」よりも、ものの質感に敏感ではないでしょうか。日本のトタン屋根が、おもしろかったのかもしれません。…、そして、どう表現したのでしょう!
碍子のような固有色が白のものを、ただ白く描きっぱなすというのは子供みたいで可笑しいですが、ごく軽く色を乗せて、曇天の中に位置づけていたのに取れた、という線もありかと思います。
by ものたがひ (2008-05-15 17:03) 

ChinchikoPapa

>生なホワイトがあっても、全然不思議ではないのですが、その上に薄く色を
>乗せ、下地の明るさが透けて見える透明感のあるマチエールと、不透明な
>絵の具層のマチエール
「遠望の岡?」でも、そのような表現がみられますが、これは表面を透明度の高い絵の具で薄塗りすると、質感的にリアルで深みが増す・・・ということなのでしょうね。トタンの“てかり”を出そうとして、佐伯は当該の技法を用いたものでしょうか。でも、このような描き方の場合、下の絵の具がある程度乾いたあとでないとできそうもありませんね。40分じゃ無理そうです。(笑)
碍子の件、なるほど・・・。厚く塗らずにサッと描いたものが、洗浄で下のホワイトが露出気味になってしまった・・・ということでしょうか。でも、佐伯作品で白をベースにした碍子までが、ちゃんとそれらしく描かれている風景画、それほど多くないですね。たいがい、チョンチョンの突起だけか、あるいはまったく描かれないケースもあったります。
by ChinchikoPapa (2008-05-15 19:57) 

ものたがひ

「遠望の岡?」のホワイトの使い方は、あれはあれで悩ましいです。上に置いた色の発色を良くしているものもありますが、ホワイトを置いたっきりで、真っ白なところも、あるように見えます。なんででしょう!(笑)
佐伯は遠くのものを随分単純化して描くけれど、この碍子の場合、わりに近くにある電柱だからか、チョンと点を打ってますね。その上に更に薄塗りがかかっていたかどうか、絵肌を見ずに、画像を見比べていると、どんどん迷ってきます。やっぱり悩ましいです!
by ものたがひ (2008-05-16 00:23) 

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